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大阪地方裁判所 昭和33年(モ)2503号 決定 1958年10月06日

申立人 西川敬一

右代理人 松尾利雄

同 佐藤雄太郎

相手方 嘉手苅東三

右代理人 塩見利夫

主文

本件申立を棄却する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件申立の要旨は、

債権者株式会社福徳相互銀行、債務者真鍋保間の当庁昭和三二年(ケ)第四〇九号不動産競売事件について、申立人は、昭和三十三年六月九日、別紙目録記載の不動産につき、競落許可決定を得、同年七月七日、競落代金全部を支払つた。

然し相手方は本件不動産を占有し、引渡を拒むので、その引渡を求めるため本件申立に及ぶ。

というにある。

よつて審理したところ、当庁昭和三二年(ケ)第四〇九号不動産競売事件記録によれば、申立人は本件不動産について、昭和三十三年六月九日競落許可決定を得、同年七月七日、競落代金を全部支払つたことが明らかに認められる。

次に、当裁判所に於ける相手方本人審訊の結果、及び相手方提出の乙一乃至四号証(電話加入権差押通知書、差押調書、公売予告通知書各写)、前記不動産競売事件記録中執行吏作成の不動産賃貸借関係調書の各記載を綜合してみると、本件不動産は、「初芝映劇」という映画館で、真鍋保が之を所有し、営業を続けて来たが、昭和三十二年五月に東二三郎が契約により真鍋より本件映画館の引渡を受け、其の後、同人名義で経営を続けて来たが、昭和三十二年十二月二日、東は更に知人である相手方に対し、利益は折半する約束で本件映画館の経営を依頼し、自らは之に当らず、事実上、同人に於て之を遂行して来たことが認められる。

右事実によれば、本件不動産は、真鍋が所有していたものであるが、かねてより同不動産について占有権を有していた東が、前記委任契約により、映画館を相手方に引渡し、爾後相手方が其の占有権を承継したものと解される。相手方は、東の使用人であり、占有については、東の占有補助者であつて、独自の占有はないと解することは、相手方が、本件映画館経営について、包括的な委任をうけて、事実上一切の経営行為を遂行して来た点及び、東との間に雇傭契約が認められず、相手方は東の使用人とは到底解されない点よりみて妥当でない。

以上の様に、本件不動産の占有は、本件競売手続開始前より占有していた東から右開始決定後である昭和三十二年十二月二日に、相手方に承継され、現在相手方が直接に之を占有しているものというべきである。

然らば、右の様な関係に立つ相手方に対し、競落人は引渡命令を求め得るであろうか。民事訴訟法第六百八十七条に規定する所謂不動産引渡命令は、競落によつて所有権を取得した競落人に対し、競落不動産の占有権を取得させることを目的とするものであるが、一般に所有権者が、対抗力を有しない占有権者を相手として其の引渡を求める通常の訴訟と比べて、其の手続が、基本たる競売手続に附随し、対立当事者の訴訟形態をとらず、申立により、執行裁判所が比較的簡易な手続で、之を発する点に特質を有するもので、従つて引渡を求め得る相手方の範囲についても、通常の訴訟と異り、右の如き制度自体の特質に基き、自ら差異、制限のあることも当然のことである。従つて、対抗力を有しない不動産上の占有者ならば、すべて引渡命令の対称となると解すべきでなく、同条に規定する様に、債務者乃至は少くとも、債務者と同視して、之に対し引渡命令を発しても、何等危惧のないものと認められる競売手続開始決定後の債務者の承継人に限ると解するのが相当である。けだし、不動産競売開始決定によつて、目的不動産に差押の効力生じ、債務者は処分禁止の制限を受け、之に反する処分行為は、差押債権者に対し無効と解され、債権者は其の行為を無視して手続を遂行でき、執行裁判所もこの様な方法で手続を進めねばならない関係にあるものであり、従つて同行為に基き事実上占有している第三者は、競売手続自体に於て、競落人に対抗できないこと明白であり、之は債務者と同視することのできる者であつて、競売手続を遂行する執行裁判所に顕著な事由であるから、之等承継人に対し引渡命令を発しても、何等弊害を生じないと解されるからである。右以外の開始決定前の承継人は、競売手続上、競落人に対抗し得る権利を有するや否や、必ずしも執行裁判所に明白でなく、任意の引渡に応じないで之を争う場合には、一般の例により判決を以て之を確定すべきものであり、之に代り執行裁判所が実体上の権利関係を審理判断し、先ず対抗力の有無を確認した上で、引渡命令を発するとするのは、其の権限に照し相当でなく、又競売手続の附随手続が、独立した訴訟手続に類する結果となり妥当でない。

よつて、本件についてみるに、前記認定の様に相手方は、本件競売手続開始決定前より、本件不動産を占有していた債務者でない第三者より、同開始決定後、占有を承継したもので、相手方が右占有を承継する行為、即ち競売開始決定前より目的不動産上に占有権利を有する第三者が、之を更に相手方に取得させる行為は、右第三者が、差押の効力を受けない限り、差押には影響されないものというべきである。即ち右は、差押により禁止せられる債務者の処分行為に当らず、前記の様に競売手続自体に於て、相手方の権利が、競落人に対抗し得るかどうか明白でなく、之は、右第三者の権利が、競落に対抗できるかどうか、承継行為が第三者に対する関係で、適法かどうか、等の点について実体上の審理を経て判断されるものである。然らば、前述の様な理由からみると、本件引渡命令は、相手方の地位よりみて、之を求め得ないものと言うべきであり、本件申立は、この点について理由なきものと考えられる。よつて、本件申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 井上孝一)

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